2026/04/09 22:02

椅子は「道具」である。ただし、そう扱われたときだけ。

椅子は消耗品ではない。けれど、道具として向き合わなければ、消耗品になってしまう。その分かれ目は、椅子の側ではなく、使う人の側にある。




なぜそう言えるのか

木工をしていると、椅子の「終わり方」をよく考える。

捨てられる椅子には、大きく二つのパターンがある。ひとつは壊れて捨てられるもの。もうひとつは、壊れてもいないのに捨てられるものだ。

後者の方が、正直ずっと多い。飽きた、模様替えした、引っ越した。そういう理由で、まだ使えるのに手放される椅子が世の中にはたくさんある。

これは椅子の問題ではなく、椅子との関係の問題だと思う。最初から「いつか替える前提」で買われた椅子は、どれだけ丈夫に作られていても、消耗品として扱われる。逆に、愛着を持って迎え入れられた椅子は、多少の傷や経年変化を重ねながら、道具として長く使われていく。

椅子が消耗品か道具かは、作り方ではなく、選び方と向き合い方で決まる。




「家具は長く使うもの」という建前の裏側

「良い家具は長く使える」とよく言われる。それ自体は正しい。

ただ現実には、家具の平均的な使用年数はそれほど長くない。インテリアのトレンドは数年で変わり、ライフスタイルの変化に合わせて家具も入れ替わる。それ自体を責めるつもりはないし、量産家具にはそういう使われ方に応える役割もある。

一方で「道具としての椅子」という視点で見ると、話が変わってくる。職人が毎日使うノミや鉋は、何十年も手入れしながら使い続ける。椅子も本来、それに近い存在になれるはずだ。毎日座って、体に馴染んで、修理しながら使い続ける。そういう関係を椅子と結べるかどうかは、最初にどんな椅子を選ぶかにかかっている。




道具として選ぶ、という最初の一歩

椅子を道具にするかどうかは、買った後の話だと思いがちだが、実は選ぶ瞬間から始まっている。

どんな素材で、誰が作ったか。修理はできるか。10年後もこの部屋に置いていたいか。そういう問いを持って選ばれた椅子は、最初から道具としての文脈を持って迎え入れられる。

消耗品を買うのか、道具を迎えるのか。椅子の前に立ったとき、少しだけそのことを考えてみてほしい。




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